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Vladimir Ussachevsky (1911-1990)"Wireless Fantasy"(1960,テープ音楽,4分35秒)
Ussachevskyはアメリカの作曲家で,1950年代以来のアメリカの電子音楽のパイオニアの一人です。数々の電子音楽の名作を生み出した"Columbia-Princeton Electronic Music Center"の創設者でもあります。 "Wireless Fantasy"は,モールス信号を基本の音素材とした珍しい作品です。 黎明期の無線通信の愛好家,研究者のグループの委嘱で作られた経緯から「火花式通信機」を使った音まで作品に織り込まれています。(この作業には,ニュージャージー州・トレントンにあった"W2ZI Historical Wireless Museum"の協力があったそうです。) この曲,ただ聞いていると,無線通信の音やラジオのノイズをコラージュしただけのように聞こえます。しかし,作品中のモールス符号を聞き取ってみると,作品が"ラジオの父"と呼ばれるLee DeForest (1873-1961)へのオマージュだということが"解読"できたりします。 曲はまず鐘のような音2音の反復音がフェードインし,CDの15秒目にモールス信号が"QST"("general call to all stations"全ての局への一斉呼出を意味する符号)と3回打ちます。いかにも通信の始まりという感じです。 35秒目,"ジー,ジー"という,グラインダーで金属を削っているような音が聞こえ始めます。これが火花式通信機の音でしょう。この音で"DF"と3回聞こえます。 1分40秒目には,ラジオを通したように歪んだオーケストラの音が入ってきます。これはワーグナーの「パルジファル」で,DeForestが最初の音楽の放送で流したという由来があるようです。 このラジオの「パルジファル」のイメージに加え,2分45秒目から3分25秒目にかけて,歪んだ音での速いパッセージのため聞き取りにくいのですが,どうやら"LEE DE FOREST"と数回繰り返し打っているようです。 3分32秒目には,火花式通信機の音で"DOC DF"(DeForest自身のコードネーム)と1回,さらに"DF"の符号が4回繰り返され,続いて4分2秒目までに「パルジファル」もフェードアウトします。 最後に,ブーンというノイズがフェードインすると,再度火花式通信機の音で"AR"=送信終了,"GN"=Good Night と打たれ,曲は終わります。シメもなかなかしゃれています。 ある意味,旧来の作曲家が曲に込めるメッセージを,モチーフの音型や"音名象徴"に託していたものを,具体音やモールス符号でやっているようです。聞き取りにくい小さな音や,変調された符号音も絡めると,意味論的な対位法も形成されているのかもしれません。 しかし何よりもこの曲は,そのアイデア,電子音楽としての技巧を超えた感動をもって響きます。モチーフになった時代の空気−無線通信の黎明期の新技術への驚き,喜び,夢−を見事に凝縮しきった,練り上げられた作品だからでしょう。 田中雄二著「電子音楽 in Japan」(2001年,アスペクト刊)では,この曲を「『タイタニック号の沈没』SF版とでも呼びたい荘厳な世界」(p.56)と評しています。引用されたワーグナーの物憂げな旋律や,終始緩やかな展開からは,例えられたGavin Bryersの作品同様,愛惜のような感情が呼び起こされることも確かです。 この曲が作られた1960年は,火花通信機はテレビに姿を変え家庭にまで入り,その陰でラジオが衰退し始めていた時期です。そして,この作品でオマージュを捧げられたDeForestが亡くなったのは,翌1961年のことでした。 (2004/12/07)
[収録CD]
[参考サイト]
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