片手にラヂヲ♪ ホーム短波ラヂヲの世界へのお誘い「楽器」としてのラジオ?!篠原真 "Broadcasting"

作成日:2005/04/13
最終改訂日:2006/07/29

「楽器」としてのラジオ?!

篠原真 "Broadcasting"

(1973/テープ音楽/約20分)

[収録CD] 音の始源を求めて 3/佐藤茂の仕事
(国内盤 Sound3 OUOADM0501)

これまた,まったく文字通り"放送"が音源で,しかも,ある1日の20時間分のNHKのラジオ放送を丸ごとダイジェストにしたという,恐るべき作品です。@_@;

篠原真は,1950年代からヨーロッパに渡り活動している現代作曲家で,Stockhausen(別項参照)の助手を務めていたこともあります。電子音楽作品も多く,ほかにも国内盤CD(「電子音楽の領域/篠原眞作品集II」カメラータ・トウキョウ 30CM-455)が出ています。

この作品は,氏が日本に帰国した際「NHKの放送を聴き,その現状をコラージュの手法で表現しようとした」,つまり,作曲家がドキュメンタリー的発想で作ったものというわけです。
ちなみに,作曲者は1971年に,ニューヨーク市内の様々な音を編集し「聴覚によってニューヨーク市を訪れることが意図されている」"City Visit"(1979)の制作に着手していて,発想や手法に"Broadcasting"との共通項が見いだせます。また,"Memoires"(1966)での,制作時の住居やスタジオで録音した具体音の使用も,同様の「生活と音楽を結びつけるアイデア」と言えそうです。

"Broadcasting"では,1日20時間放送しているNHKの中波2波,FM1波の放送を完全録音するため,6台の録音機と100本に上るオープンリールテープを準備,2人が1日に20時間,1時間ごとにテープを替えて連続録音し,さらにそれを編集するという,途方もない労力が費やされています。A^^;;

そうしてできた作品ですが,例えば最初の30秒は,こんな音が聞こえます。

  • 男性アナ「東京第1放送,JOAK」
  • 時報
  • 男性アナ「おはようございます。1月11日金曜日5時のNHKニュースです。政府自由民主党は....」
  • 女性アナ「昔は正月ともなると若者達が組を作って,郷土芸能のイワタウエを踊りながら,地区から地区へと回ったものです....」
  • 男性の声「...ということを良く耳にいたしますが,これは抗生薬の副作用がいろいろ取りざたされておりますので....」
  • 男性アナ「東京第2放送,JOAB」

音は,オーバーラップしながら,出たり消えたりしていますが,同時に音が重なるのはせいぜい3つ程度で,さほど錯綜した絡み方はしていません。モジュレータやテープ速度などの変調が軽くかかった音はありますが,ほとんどの音が明瞭に聞き取れます
「電子音楽」っぽいバリバリのノイズや,John Cageばりの騒々しいストレンジなサウンドを期待した人は,相当裏切られます。(^^;)
(ちなみに,前述"City Visit"では,電子的変調は全くなく,"Broadcasting"との微妙な相違点があります。作曲者はこれを「事実性の尊重」と「主観化」の違いと説明しています。)

CDでは,冒頭6秒目(CDでのタイミング,以下同じ)に,上記のとおり朝5時のものと思われる時報が聞こえますが,さらに1分目にも「NHK東京FM放送,JOAK-FM」と,朝6時開始のFM放送のアナウンスが聞こえます。
さらに追ってみると,3分26秒に「8時21分です」,7分3秒に時報と「こんにちは。お昼のNHKニュースです」,17分12秒に「10時のNHKニュースです」と時刻を示すアナウンスが聞こえます。
そこでこの作品は,1時間を1分に圧縮して表現しているのがわかります。

以後,聞こえてくるものは,音楽,語学講座,ラジオ体操(朝6時半頃にあたる1分36秒と正午過ぎと思われる7分10秒頃にきっちり出てきます^^;),ニュース,天気予報,株式市況,教養番組,大相撲中継,子供番組,交通情報....。
こうした音が出たり入ったり,しかし盛り上がりもせず,聞き所を作る風もなく,淡々と続いていきます。(^^;)

選択されている音には,結局のところ,その日,その時に放送されたものという以外,意味づけらしきものはさっぱり感じられません。
音の意図の希薄さという点では,John Cage作品のラジオの音(別項参照)に近いものも感じられなくはありません。

また,1973年の放送(おそらく「1月11日」の放送)を音源にしている割に,時代を感じさせるものは希薄です。ちらほらと,ニュースで「田中総理大臣」とか,相撲中継の力士名,懐かしいアナウンサーの声も聞こえますが....。(それとも,NHKは30年経っても変わってないということでしょうか?^^;)

基本的には,ニュースのような時事的内容を含んだ音があっても,細かい編集や音の組み合わせもあり,作品がストーリーを持った"ドキュメンタリー"にはなっていません。そういう意味では,音楽らしくなっています。
かくして,この作品に"懐かしい音"を期待した人も,あえなく撃破されます。(^^;)
(ちなみに,前述"City Visit"でも,作曲者は「目的はあくまで作曲にあり,音の記録やその正確な再現ではない」としています。)

聞き通すと,朝5時から午前0時まで,本当に20時間ラジオを聞ききったような,妙な感覚に襲われます。いやいや,疲れたとか苦痛だとか言うんじゃなく^^;,違った言い方をすれば,観衆参加のコンセプチュアルアートにつきあった感じとでも言いましょうか。A^^;

ラスト,19分5秒に時報,そしてテープをやや遅回しにした,放送終了時に流れる「君が代」が聞こえ,19分25秒に3局の局名アナウンスが一斉に重なって流れ,19分34秒のNHKラジオの一日は終わります。
それでは皆さん,おやすみなさい。^^;


[参考文献]
  • 川崎弘二「日本の電子音楽」(愛育社,2006)
    p.190-202に作曲者へのインタビューがあります。

注.作曲家の名前の漢字「真」については,収録CDの標記にしたがいました。ただし,他の資料等では「眞」としているものも多いです。情報を検索する際は,ご注意ください。


(c) 2005-2006 gota

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